漁(または猟)と調理との間に、交換 → 市場 → 流通 → 小売 のプロセスが挿入され出したのは古代に始まり、銭貨が導入されてからは急激に加速した。ここでいう「漁」とは、もちろん海山に出かけての漁ではなく、市場での仕入れを指して使う。食材を求め収集する作業と言う意味では、仕入れも「漁」であると思うからだ。
勝どき橋

ここは、東京、隅田川の河口、築地。
前方の勝どき橋の先はすぐに東京港だし、右岸には世界でも有数の規模を誇る中央卸売り市場がある。

裏通り
ロブスター
格子

鋭角的巨大建築の鉄槌はここにも容赦なく打下ろされ続けてはいるが、街角の随所にまだまだ大正時代の香り濃厚な風景が見られる。「江戸」の最後の尻尾、のひとつと言えよう。
築地市場に近いだけに街中には魚介類を中心とした製造、問屋、飲食店が多い。

民家正面
恭川表

この街に店を開いておられるのが、
今回お世話になった 割烹「恭川」である。

小川さん

ご主人の小川恭男さん。店を構えて13年目。
割烹の基礎は京都で10年間、料亭などを転々としてみっちり仕込んだ。
鱧(はも)、ふぐを得意とし、関東では数少ない鱧の骨切りの熟達者でもある。
祭りが大好きで、別のコーナーでご紹介している「つきじ獅子祭 天井大獅子御巡行」にも担ぎ手として小川さんは写ってらっしゃるが、実はその撮影の時に今回の取材の件をお願いし、その場で快く承知して下さったのである。
実のお兄さんは築地場内で鮮魚仲卸しをやっている「堺静(さかしず)」の三代目。上物を扱うことで名のある問屋さんだし、市場好き魚好きの三代目の奥様(平野文さん、あのラムだっちゃの)のテレビ、雑誌などでの活動もあって知る人ぞ知るという方だが、その関係で小川さんも雑誌やテレビの制作に協力することが多い。私(satosi)の愛読書、ビッグコミックに連載中の「築地魚河岸三代目」の協力にも名を列ねていらっしゃる。もちろん堺静は小川さんの主な仕入れ元でもある。

市場入口

というわけで筋雲流れる秋の一日、私達は小川さんに密着した。スタートは築地市場での朝の「仕入れ」から。
 
店を出たのは8時半。あまり早く行くと大型量販店の仕入れにぶつかってゆっくりと吟味が出来ないし、店先に品物がきれいに出そろうのが大体8時過ぎになるので、ゆっくり8時半頃出て行くのがちょうど良いという。
 
仕入れかごは持たない。店は市場から目と鼻の先である。仕入れた品物は堺静の若者が後でターレ(市場でしか見られないエンジン付き小型荷車)で運んで来てくれる。
 
人と荷車とターレでごった返す広大複雑な場内を小川さんはすたすたと分け入っていく。

場内を行く
堺静

幾度も狭い路地を曲がって行き着いたところに堺静があった。

魚1

日本と世界の各地から集まった新鮮な魚が艶やかな肌を光らせて整然と並べられている。

魚2
お兄さん

堺静三代目の小川貢一さん。その常に高い品質を保った品揃えに多くの有名料亭、寿司店などが顧客につき、魚類に対する深い知識と扱いの技術にも定評がある。

兄弟

仕入れ品目のメモを片手に、きょうの入荷状況についてお兄さんからレクチャーを受ける。

生け簀前

生け簀のカワハギを選ぶ。
仲買は闇雲に何でも競り落として来るわけでは無い、自分の所の顧客の料理や値段などそれぞれの個性を考えて、それに見合った品物を見合った値段で競り落として来る。だから仕入れで買い手と売り手のせめぎ合い、といったものはあまりない。信頼関係が築かれており、やり取りは比較的スムーズだ。ましてやこの二人は兄弟でもあるのでなおさらだ。

品定め

若い人達にもいろいろと尋ねている。覗いているのはホタテか? しかし聞いているのはホタテのことだけではなく、その周辺情報に付いても聞いているのだろう。ずいぶん長いこと話し込んでいた。

買う

箱に「恭川」と書かれた。買ったようだ。

神経を抜く

貢一さんは小川さんに選んだ活けのカワハギの神経を抜いている。脳の後ろ辺りから割いて外締めにし、手にしている針金で中枢神経を押し抜く。生きているうちに神経を殺すことによって、肉の硬直と劣化を抑え、膳に上がるまで鮮度を保つことができる。下手なやり方をすると半身だけ硬直してしまう。簡単な技術ではなく、熟練のコツがいる。

えぼだい1
えぼだい2

その日のメニューを考え、予め仕入れる品物は決めて来ている。しかしその日入荷した魚の情報を聞き、自分の目で確かめて、他にいい魚があれば仕入れ品目を変えることもある。今日は形のいいエボダイが入っていたので、これをもらうことにする。

次へ

堺静では、カワハギ、エボダイ、アサリ、ムキホタテ、メカジキ、ショッコ(若いカンパチ)などを仕入れて次の仲卸しへ移動。

美濃桂

仕入れ元は、その扱う品物によって違い、だいたい5、6軒が小川さんの主な仕入れ元となっている。店を変えるということはまずない。先ほどもいった長い付き合いの中で育まれた信頼関係というものがあるからだ。

美濃桂で話す

ここでも先ず話す。魚を見ているよりも長いくらいによく話す。仕入れとは情報交換の場でもあると言う。ばか話しのこともあるだろうが、いろいろな話しの中から時に貴重な情報を入手することもある。今どこの何がいいとかいった産地情報や値段情報のこともあるし、どこの店がいいとか悪いとかといった同業他店の情報、時には新しい料理の着想にヒントを与えてくれる情報などもある。
聞こうとする姿勢があるから、情報も集まって来る。

白子

小川さんは白子を望んだが置いて無く、すぐに店の物が他店に行って調達して来た。鮮度のいい白子はうっすらピンク色をしている。遠目で確認できなかったがかなり良いものに見えた。「恭川さん、サヨリのいいやつあるんだけど持ってかない」と、横からさりげなくトロ箱が差し出される。「今、白子見てんだから、ちょっと待ってよ」

サヨリ1

サヨリを選ぶ。「ちょっと、細くねえかあ」「確かにちょっと小ぶりだけど刺身にするんだったら間違いないよ」「そうだな、んじゃ、これもちょっと貰っていくか」

サヨリ2
マダイ

血抜きをしている盆のマダイを見る。
活魚は頚椎と尻尾に包丁を入れて血抜きをする。鯛は尾頭付きで出されることも考えて、内締めと言ってエラ蓋の内側から頚椎を切る。堺静で見た針金のテクニックもそうだが、新鮮さを信条とする活魚は、膳に上がって食されるまでいかにして美味しい状態を保つかに最大限の気を使うのである。ここまで処理をしたうえで料理人の手に届けられるのだ。

アナゴ

本穴子。やはり頚椎を切って血抜き処理を施してある。

帳場

ここは帳場。きょうは真鯛、サヨリ、穴子、白子を仕入れた。

萬為

隣接するタコ専門卸しに寄る。ここのご主人は小川家とは子供の頃からの付き合いだそうだ。小川さんは、ここは喫茶店、などといって、ご主人の出した缶コーヒー片手にしばし話しに花を咲かせる。デジぶらにまで缶コーヒーを頂きました。
高級なものはやはり地蛸である。地蛸は暗いオレンジ色がかった色をしている。撮影に先立って打合せで恭川さんを訪ねた時に頂いたランチのお造りにここの地蛸が添えられていた。出す時に小川さんはちょっと目配せして「この蛸は美味いよ」と仰ったのだが、いや本当に美味かった。茹で加減といい、塩加減といい、絶妙。時期によってその時最も味わいの良い地蛸を仕入れているのだそうだ。

品物のタコ
タコ親交
ふぐ、箱を覗く

きょうの仕入れは終わった。
仕入れは無いが、なじみのふぐ専門卸しの所にちょっと寄ってゆく。
 
普段でも、仕入れが無くても市場がやっていれば必ず市場に顔を出し、何か話しをして帰って来るという。情報を仕入れたいからだ。
 
「ひれのきれいに整っているのが上物」「身のふっくらしているのがいい」「子が入っているかどうかはこうやって(と肛門に指を突っ込む)見る」と、我々にいろいろと教えて下さる。ふぐは小川さんの最も得意とする分野の一つだ。もうすぐふぐの本格シーズンがやってくる。

ふぐ、ひれを見る
ふぐ、箱の中
立ち寄り

もう一軒立ち寄る。簡単には帰らない。やっぱり何か話しをして帰る。とても大事な作業だ。

店で

ようやく市場を後にして、青物の仕入れに行く前に一度店に立ち寄る。下準備を進めている追廻し(見習い)に今日の献立を伝え、作業を指示する。

青物

近所の青物屋へ。
ここのご主人は場内の青物部に店鋪を持って卸しをやっていた方だが、小売りの方が儲かるといって、今は仮店鋪みたいなこの店をやっている。
販売方法は今も場内と一緒で、並んでいる品物はいわば見本。注文を受けたら後で現物を店に届ける。

青物店先
青物店内
シャッター開ける

仕入れ終了。10時少し前。シャッターを開け、行灯を出す。これからランチに備えての仕込みが始まる。

行灯出す

小川さんのように町の小さな割烹を営む経営者として最も仕入れに気を使うのは、品質と値段のバランスである。
良い品だからといって高いものを仕入れて料金を釣り上げることはできない。利益ばかりを考えて品質に油断をするとお客さんは離れてゆく。
来て下さるお客さんの舌と懐を両方満足させる最上のバランスを保つということが、最も難しく、また町割烹の腕の見せ所である。

横顔
場内を歩く

仕入れにかける時間は小1時間程度。その行動にはある程度決まったパターンがあるので、見た目には淡々とした時間である。しかし、狙った獲物の中からできるだけ良いものを、しかも手頃な値段で手に入れてくる、あるいはターゲットになかったものでも、これは、と思ったら即座に入手する、そして、仕入れてくるのは品物だけではない。最新の情報を何か掴んでくる。それは明日の割烹をより良いものとするために不可欠なハンティングなのである。フィールドは違うが割烹の主人は間違いなく市場の漁師なのである。

協力:割烹「恭川」 小川恭男氏
東京都中央区築地7-16-5
電話03-3544-0123

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