これまで「漁」「割」「烹」と見て来た割烹の技術。そこでは多くの時間、手間、工夫、知識が割烹の世界を支えているのが垣間見えた。日本料理は合理的な調理技術ではあるのだけれど、膳は一種儀式化された様式がある…。改めて日本の「食」は面白いと思う!
何はともあれ、これまでの集大成として「膳」をご紹介する。膳は食事をひとつの領域として括った日本独特の空間(*)であり、食の無限を知らしめる舞台でもある。そしてその根底に流れる精神は客、そして神様への「感謝」と「もてなしの心」なのではないかな、と思うのであった。

(*韓国には膳と良く似た小盤<ソバン>があるが、中国、欧米、その他の国は、大きなテーブルを皆で囲む、あるいは、同じ皿から皆で取り分け合うのが古来食事のスタイルである。鍋を皆でつっ突き合うというのも明治の牛鍋以降の風習であり、それまでは一人用の鍋で一人で食べた。今日、直箸を遠慮してひっくり返して箸を使うのは、膳の習慣の名残りといえる。)

ランチ開店

ランチの準備もほぼ整った11時30分頃、暖簾を出すと間もなく、常連さんが最初のお客さまでいらっしゃった。やはりこうした町割烹のお店は常連さんが多い。

造りに悩む

常連さんの好みは把握していなければならない。そしていつもムラのない一定の品質を維持して膳を出さなければならない。良い品質を心掛けていればお客さんにも味に厳しい方がいらっしゃるようになる。この時も味に厳しいお客さまがいらっしゃったようだ。造りの選別と組み合わせにしばし熟考。じっとトレイのネタを見つめる。料理人にとって勝負の瞬間である。

常連席

別の常連さんからも電話が入った。きょうの献立を聞き、来店の時間を告げられた。ただちに席が用意される。いつもの場所に、いつもの新聞、そして添え物も一般の献立とは少し違う。小皿には醤油も注がれた。すぐにいらっしゃるようだが、暖かいものとお造りはいらっしゃってからお出しする。完璧に個人の世界がセッティングされた。ひとりのお客さまの為に、ここまで気を配れるのは町割烹ならではであろうか。

定食金目

この日のランチは金目の煮付け、太刀魚の唐揚げ、鯵の干物であった。写真は金目。この店のランチの一番人気でもある。

金目

煮汁を捨てずに、また次に煮付ける時にその煮汁を使うことを何度も繰り替えして来たことによって、下町のお惣菜的な味でありながら飽きの来ない深い旨味を出している。きょうも仕込み数を上回る注文があって作り足したと言う。

お造り

お造りには、あの萬為の地蛸(「漁」参照)がひっそりと添えられている。その他、キハダマグロ、カツオ、ショッコ(若いカンパチ)など。あなたがいつもご近所で召し上がっているランチで、お造りにこれだけの種類を出すお店がありますか? しかも味わってみて下さい。ランチとはとても思えぬ、かなり重厚な一皿!。

じゃこ
おかみさん
じゃこめし

ランチに添えられるこの“じゃこ”も大変な人気をとっている。手作りにしているのだが、とても手間が掛かるのでたまにのメニューにしたいところなのだが、お客さんが許してくれないという。デジぶらスタッフももちろん頂いたがホントにこれだけでも御飯がおかわりできる。左はランチの配膳を手伝うおかみさん。

2階席

席はたちまちいっぱいになった。お客さんは近くの会社にお勤めの方々が多い。夜になると、遠方からわざわざお越しになるお客さんや、接待、ガイドブックやインターネットを見てのお客さんなどもいらっしゃる。インターネットに紹介されたお陰で若いお客さんも増えたと言う。しかし、ここ「恭川」は、「築地にある魚の美味しい店!」という感覚で来てはいけない。魚はもちろんおいしい。だがここは「料理」を味わうお店だ。

休憩

ランチの賑わいが終わり、夜の仕込みを済ませ、賄いを食べ終わったのが3時半頃。しばしの休憩。今夜の献立を再考し、明日の献立を考える時間でもある。

黙考

口頭で聞いた今夜の献立をメモに書き出し、段取りを考える楠君。毎日のことではあるが欠かさずにする仕事だ。こうして考えることが彼自身の修行でもある。

花を活ける

戦場のようなランチの配膳、大量の食器洗い、ふき掃除。サポート役のおかみさんも大変である。子供達の夕餉の支度に帰る前に店の随所に花を活ける。静かな優しさがそこに灯る。

夜の店先

夜も更けて来た。さあ、夜の膳を見て頂こう。

突出し

まずは突き出し。

銀杏

銀杏は食べてみて納得した。直接鍋で煎ったって鮮度が良ければ美味いものなんだけど、下手にやると外側が黒く焦げることがある。しかし、これは、全体にまんべんなく火が通っているし塩の旨みが程よく絡んでいてそれがまた香ばしい。やはりひと手間である。

にこごり

こちらは河豚の皮の煮こごり。口に含むとふんぷんと河豚の独特な薫りが鼻孔に広がり酒を促す。肴のようなお菓子のような、まさに次の料理への弾みを付けさせる軽妙かつ重要な一品。
右はシラエビと味付けいくら。シラエビは富山でしか捕れない珍品ということになっているが、漁の対象になっていないだけで実は太平洋側など他の地方でも捕れるというような情報をインターネットでは見る。ねっとりとふんわりの中間の感触とほのかな甘味がある。いくらはすじ子をばらし、ほんのわずか酒、味醂、醤油で味付けしてある。調味料の付け過ぎはいくらの肌を硬くし、いくら本来の味を覆ってしまうのでその味付けはまさに微妙。宝石のような艶やかな輝きを放つ見た目の美しさと、プリプリと口中で弾ける楽しさ美味しさが同じように次の料理への食欲を増進させる。

刺身盛り付け

刺身の盛り合わせを造る。彩りよく、花畑のように配置してゆく。なんという種類の多さ! しかも豪華な内容! これだけで結構腹一杯になってしまう。

刺身盛り

正面手前右がカワハギの胆。アンコウの胆ほどではないにしても、その滋味深い味わいは堪えられない。ポン酢で食す。ようく湯がいて脂肪はほとんど落ちているはずなのに、この旨みの濃いこと。ふわふわっとして舌の上で溶けていく。全員がまず最初に箸を伸ばしたものである。
その左、穂紫蘇の隣がカワハギそのもの。最初ポン酢で。こりこりした歯ざわりが楽しい。噛み締めるとじんわり品の良い脂が舌の上に広がっていく。ついでに今度は生醤油にベニタデと穂紫蘇を少し散らし山葵を少し添えてやってみる。これはまた醤油の旨みに負けないしっかりとしたカワハギの甘さが出て美味い!。
カワハギの胆と身の間、穂紫蘇の上にある白い湯引き、これもカワハギである。カワハギという魚は皮を剥ぎ取り、むき身にしても、その身の一番外側は張りがあってやや硬い。それでその部分を薄くそぎ、湯引きにする。火を通すことで、ただ硬いだけだった部分が、心地よい弾力と淡味を味わえる一品となる。河豚と同じ造り方だ。味も河豚の薄皮の湯引きと良く似てぷりぷりとした感触が良い。
時計回りに左へ行くとマグロの中トロ。個人的に思っていることなのだが刺身で食うなら中トロが一番、二番が脂の少しのっている赤味だと思っている(俺は赤身が一番! satosi)。これはまた、その中間とでも言うのだろうか、マグロらしい赤味の血の味と中トロの程よい脂の味が同居した美味いマグロでした。口中でマグロと醤油と山葵が交じり合い、えも言われぬ幸せである。またマグロほど醤油の味が合う刺身はない。この時ばかりは、白い飯が欲しいと切実に思ったりしたものである。
マグロの右にあるのはショッコの造りである。カンパチの若いやつでカンパチほど濃厚な脂はなく、くどくなくてこの手の青物魚の中ではさらりとした印象だ。刻み茗荷と山葵を沿えて醤油をちょいとつけ、その柔らかいながらもむっちりとした食感を楽しむ。味はハマチなどの系統と似ているが、若いだけにさっぱりとしたやつだ。
次は地蛸。これはもうここで食べるのも三回目だったりするのであるが、何回食べても飽きることがない。茹で加減といい塩加減といい、醤油などつけなくてもこの蛸自体の持っている滋味深さ、深い味わいが堪らない。地蛸は水揚げされた産地で茹でられるのだそうだ。産地毎に秘伝の技術があり、有名なのは明石。
次に鯛の造り。脇に湯引きした皮の細切りが添えられている。これは皮も一緒に食べると、あたかも松皮造りを食べているかのような味わいである。湯引きしてあるので皮裏に薄くへばりついた脂に一度火が通っているわけで淡白ながらも脂のあまみが増しているというわけだ。皮のプツンと歯の間で切れる感触も楽しい。
そしてサヨリの糸造り。針のように細く刻んだ青紫蘇の香りがサヨリの身に絡まって上品な味。ポン酢の程よい酸味がさらりとした脂のあまみを引き出している。
最後はなんと霜降りにしたトラフグの身の糸造り。皮の湯引きの千切りを豪快に混ぜ芽ネギをあしらってあった。普通フグ刺しというと、皿の絵柄が透けて見えるくらい薄くそぎ切りにして出されるものなのだが、これはまた大胆な造りである。薬味をたっぷり入れたポン酢で食べる。
もう、口の中はむっちり、もちもち、こりこり、ぷるぷる、ぷつぷつと五感をくすぐる食感の大騒ぎである。そして噛み締めるほどに味わい深く、至福の一時なのであった!

カワハギ
マグロ・ショッコ
タコ
タイ
サヨリ
フグ
口代わり

口代わりである。手前には栗の甘露煮、タラコとトコブシの煮物、焼き物は車えび、トラフグ、そしてエボダイだ。その置き方にも趣向をこらし、絵を描いたように配置される。全体のレイアウトを引締めるアクセントとしてハジカミが一本すっきりと置いてあるが、味覚の上でもハジカミは焼き物を食べた後の口中にすっきりとした味覚を添えて大きなアクセントとなる。それにしてもこのエボダイの美味かったことよ! 口にいたずらに触るものとてなく、これこそ“一品料理としての焼き魚”なのだと思った。
酒は「高清水」本醸造。秋田の産である。他に東京の地酒「澤之井」もある。

口代わりとは口取り肴の代わりの意であり、口取り肴とは引き出物の代わりとなるものである。引き出物は祝い事の宴席で主人から来客への贈り物として馬を引き出したところから来ているが、そうそう馬を贈ることも出来ず、代わりにお菓子を出して、これを馬の口を取ることにかけて「口取り」と称した。しかしお菓子では酒の肴にはならなかったので会席では口取りの代わりとして「口代わり」が生まれた。引き出物の名前は残ったが口取り肴の名前はもうあまり聞かない。口代わりとはなったが、本来の膳組の形式を崩すことは出来ないので、必ず一品、甘いものを添える。ここではブランデーで煮た栗の甘露煮がそれにあたる。こうした料理の膳組や料理の歴史についてはこちらを参考にさせて頂いた。http://ipnet.city.nerima.tokyo.jp/yakata/

蒸し物

ここまでに結構ボリュームがあって、小食な私らには口代わりで既に満腹という状態。
さて、ここで恭川自慢の蒸し碗が登場。

蒸し物2

蓋を開けたところ。微細にすり下ろした蕪とメレンゲを混ぜたものを具にかぶせて蒸し上げ、上から熱い銀餡(ギンアン)を掛け回す。「蕪蒸し」である。白身でなく黄身を使うやり方もあるが、これは小川さんが京都で修業して来た味。黄身を使うよりも蕪の風味をマイルドにすると言う。ほっかりとした蕪の部分を掬い、まず、しみじみと蕪と銀餡のハーモニーを味わう。カツオの香りの他に、中に入っている具材、特に穴子の香ばしさがほのかに漂ってきた。口の中で溶けてゆく。快感の旨さ!

蒸し物3

今度は具を味わう。まるで宝探しである。あっさりしているが濃厚な味わいの白子、プリプリとした車海老、むっちりとした銀杏、さっくりとした百合根、そして、ふんわりと柔らかく香ばしい穴子。これらを全て品良く包み込んで調和を取っている蕪と銀餡。ばかウマーっ!! 熱ッ熱ッとか言いながら、満腹だと言うのにあっという間にみな平らげてしまった。味はやはり京都仕込み、薄味である。ひとつひとつの具材、蕪、銀餡のカツオの風味まで全てが味分けられて、しかもどれも立ち過ぎない。素材の味を生かす日本料理の絶妙な調和が凝縮した一品であった。絶対お勧め!

御飯

最後にご飯。ホカホカのきのこの炊き込みにナメコの味噌汁、そして香の物。これがまたウマイんだよなあ! お代りしたかったけど、もう死ぬほど満腹! すごい残念。

nari&kyoro

今回、食べるところだけ参加して頂いたOLのkyoroさんとnariさん。おいしかったですか? 幸せそうな笑顔ですね。ご満悦の様です。

シャーベット

デザートは青梅のシャーベット。スッとする梅の酸味が爽やか。以上で献立終了! ご馳走様でした!

たった一日の取材ではあったが、仕入れの様子、仕込みの技術、調理の技、膳の工夫と、非常に多くのものを見させて頂いた。そうして分かったのは、割烹は技術だけではないと言うことである。“うちにいらっしゃるお客さんだったらこうした方がいいんじゃないか、このお客さんにはこっちのほうがいいんじゃないか”と、膳立てを考える時、いつもお客さんをイメージしている。割烹は技術だけではない、もてなしの心があってこそ「割烹」なのだった。
今回、忙しい中とても親切に色々と教えて頂き、多大なるご協力を頂いた割烹「恭川」ご主人の小川恭男さん、そして楠さん、奥様の小川久仁子さん、お手伝いの皆様、堺静の小川貢一さんと堺静の皆さん、美濃桂の皆さん、萬為のご主人、皆々様にこの場をお借りして深く深く感謝申し上げます。これからも素晴らしい日本の「食」のために、がんばって頂きたいと切に願っております。

協力:割烹「恭川」 小川恭男氏 東京都中央区築地7-16-5(日比谷線築地駅から徒歩5分)電話03-3544-0123

マップ
デジぶらトップページ へ
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送