沖縄 コザ グレイスホテル GRACE HOTEL

番外スペシャル

GRACE HOTEL

 一方、真夜中にグレイスホテルをなかなか発見できないで、近くまで来ていながら遠ざかってしまうという彗星みたいなことを明け方4時頃までくり返していたsatosiは、昼の12時頃になってようやくベッドから足を下ろした。絞り尽くされた酒粕みたいな気分だった。霞んだ目で改めて部屋を見回してみる。昨日、部屋へ入ったなり笑ってしまった部屋だが、一晩寝ただけでもう自宅のように馴染んだ心地がする。女だってこうはいかない。少しGRACE HOTELを観察して見ようか。
窓の外
 目覚めて最初にまず外を見る。今日は雲が出ているようだがやはり暑そうだ。向いはビリヤード台を造る店らしい。なんとなく監獄から外を眺める気分。
冷蔵庫
 小型の冷蔵庫があるが中には何も入っていない。ORIONの栓抜きはある。
自販機
 ソフトドリンクならエントランスホールに自販機があるし、その横には冷水のサービスもある。電子レンジも使える。フロントでおじー、おばーに言えばオリオンビールも売ってくれる。
フロント
 フロント。カウンターの裏側に各部屋のカギをぶらさげておくフックが並んでいて、深夜に出入りする時は自分で取っていったりかけていったりする。
エントランス
 エントランスホール。この写真の後ろがロビーになるが、普段、電気が消されていて暗い。節電である。
ロビー
 ロビーの電気をつけて撮影。右にはいろいろな土産物がある。テーブルには「コザに抱かれて眠りたい・・・ZZZ」の著者、TORAこと高村真琴さんのホームページのプリントアウトや記事、写真関係がクリアファイルに入れられて大事に置かれていた。我々がグレイスホテルを知ったのもTORAさんのホームページによる。TORAさんの素顔をここで見てしまった!。「トラっていうから男かと思ってたら女性だったんだよ、かかかかか」とおじー言ってました。
おじー1
 おじーこと、与儀健さん77才。玄関前でかかと笑う。いつも短パンとゴムゾーリ。いい味出してるなあ!。とっても明るくて愉快なおじーである。「照屋アパートってどこ?」と聞いたらピンと来たらしく「あんたひょっとしてインターネット見て来たの?」そうだよというと「へえ、いくらか効果があるもんだねえ」、僕もホームページで紹介させてもらうよというと、深々と頭を下げて「よろしくお願いします。かかかかか」。照屋アパートの場所は知らなかった。
おじー2
 おじーはホントは医者になりたかった。インテリなのである。だが体を壊して断念。同期生には瑞泉の佐久本会長の甥もいたという。コザで商売を始めることになったが、やがてセンター通り(現中央パークアベニュー)にギフトショップを開く。クリスマスには米兵達がサンタクロースのようにどっさりと買い物をしていったそうな。グレイスホテルはベトナム戦争が始まった時に開業。当時は周りに建物もなく、丘の上にぽつんと一軒建っていて、窓からは海や島(平安座ヘンザ島か?)が見えたという。従業員は10人程もいて、いつも米兵達で賑わっていた。しかし日本政府が駐留米軍に援助金を出すようになってから米兵達はみんな高級ホテルに流れてしまい、コザのいわゆるB級ホテルは細々とした経営をしてゆかざるを得なくなってしまったのである。
島影
崖っぷちに建つ他所のアパートに登るとビルの合間に遠く青い海と島影が確かに見える。
ワッペン1
かつて宿泊していった米兵達が記念に自分の所属部隊のシールをエントランスホールの鏡に貼っていった。
ワッペン2
 
絵葉書
パイロットからきた絵葉書
おじー3
“この人たちはアメリカの空手道場の人たちでね、合宿で泊まっていったんだけどね、サインする時自分の名前に"SENSEI"て付けちゃって…”
SENSEI
ムスタング1
“この人はアメリカに帰ってムスタングに乗っているって言って(レーサーか?)こんな写真送ってくれたよ”
ムスタング2
ムスタング3
食堂
 宿泊していった兵隊たちからの手紙や写真、贈り物がたくさんある。おじーの人柄がどれほど彼等を和ませ、そして愛されたかがよく分かる。
かつてコックやウエイトレス達を雇って多くの客達に和食・洋食をサーブして賑わっていた食堂は、今は倉庫。
池
亀
おじーの話しを聞いた後、玄関前で亀なんかを撮っていたら、おじーの住まいからドラマ「ちゅらさん」の平良とみのナレーションが「よかったねー」っていっているのが聞こえた。あとで、おじー、ちゅらさん見てるの?と聞いたら、「とうとう(主人公が)結婚することになった!」といってた。
 satosiの101室を例に部屋の様子を見てみよう。101室はエントランスホールの横にある。
 入り口からのぞいたところ。
 こういうテーブルやソファは今なかなか見ることができなくなった。
 ベッドはやや大きめという気がする。気持ちよかったよ。
PUSH
 壁に直接マジックで書いてしまってるものなあ。PUSHと矢印。
タンス
 タンスの中には針金ハンガーが30本くらい入ってる。
バスルーム
 101室のバスルームは窓側にあるので明るい。隣の102室は廊下側となるので窓がない。外国ふうにかなり広いスペースを取っているのがいい!
バスルームの窓
 へなへなになって夜明けに帰って来たけど洗濯はちゃんとして寝たのさ。すごく汗をかくので夕方帰って来て洗濯、飲んで帰って来て寝る前にまた洗濯と言う感じだった。翌日はまだ乾かないうちに着なければならない。
バス
 タイル張りなんだよ、これもすばらしい!
バスの底
 なんともいえないこのスロープのつくり。ゆったりと背中を預ければずるずる滑って沈んでゆく。
蛇口
 何度も白ペンキを塗り込めた水道のパイプ。その上に、昔はこっちに蛇口があったというような穴の跡がある。
天井
 天井が高い。すべてがアメリカサイズである。テレビのコードがだらりと下がってようがあまり気にするやつなどいない。となりの物音はよく聞こえるが、これもてんで気にならないのである。これで食堂が復活したらかなりおもしろい宿になるだろうにな。
外景
 さっきも触れたが、最近はインターネットを見てやってくる客が時々いるという。ぼくらが泊まっていた時にもネットを見たといってバイクで来た中年の男性客がいたようだ。その他にスポーツの合宿関係も多い。
看板
 丘の上に惨然と輝くGRACE HOTEL。その栄光は確かに過去のものとなってしまったかも知れない。ベトナム戦争と共に勃興し、時代が変わって忘れ去られようとしているこうしたホテルや店鋪の多くは、2代目もなく、再興の道もなく、消え行こうとしている。しかし今、インターネットという新たな道が、ほんの少し明るい筋道を見せてくれているのかも知れない。
フロントのおじー
 “6ヵ月間、IT講習を受けたんですよー。この間やっと終わった。どんなパソコン買おうかと思っててねえ。そしたら田中さん(デジぶら)のもインターネットで見れるねえ、かかかかか” おじーはすごい! センター通りのギフトショップに始まってホテルの経営まで、常に新しい時代の流れを掴んで生きて来た男の魂は、今も惨然と輝いている。
グレイスホテル
沖縄市仲宗根町15-4
tel:098-937-1283
第二日目
6. 残波岬へ
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